城山三郎著 『気張る男』
               文春文庫 
東の渋沢栄一に対し西の実業家として比較される人物である。
松本重太郎は関西の私鉄道開業を推し進めた人。当時、国の鉄道網がまだまだ
関西は整備されていなかった。広島まで鉄道を敷設したことは日清戦争時に広島が
軍需輸送の基地になっていた為、結果的に戦勝にも貢献した形になった。
戦争といえば、西郷隆盛が関係する西南の役の時、洋反物の商売をしていた為
軍服用に羅紗の需要が大いにあり取扱量を増やし利益を得た。
重太郎は、南海鉄道(現・南海電鉄)、山陽鉄道(現・JR西日本)など鉄道だけでなく
アサヒビール(大阪麦酒)も設立している。
故にスーパードライも彼なくして存在はありえないか!?
因みに、松本重治の父方の祖父は松本重太郎である。重治はジャーナリストとして
有名な人で、歴史家トインビーやロックフェラーなどとも親交があり、寺島実郎著
『世界を知る力』や藤原正彦著『日本人の誇り』にも登場している。
重太郎が生きた江戸末期から明治時代は波乱、激動の時代だったせいもあるが、
第百三十銀行を設立し、人物本位で場合によっては無担保で融資するなどしている
のをみると、彼の仕事に賭ける情熱と人の良さを感じざるを得ない。しかし、
私が惹かれる人間のタイプでもある。
  堤未果著 『貧困大国アメリカ』
                岩波新書 

この本を読んでアメリカの印象は180度変わった。日本は国民皆保険で、日本中
どこの病院に行っても同一料金同一価格でサービスを受けられるが、アメリカは正に
正反対。民間の保険が発達している為、儲からないと判断されれば、医療が打ち切ら
れることもある。盲腸の手術は200万近くかかるし住んでいる都市によって値段も違う。
学校のレベルが低いから廃校にすることなど日本では考えられないが、公立高校に
競争原理が持ち込まれているアメリカでは一定の成果が見られなければ廃校もあり
得る。国の予算の縮小で大学の奨学金も大幅にカットされ貧困層は学資のローンも
組めず、「一定期間軍務につけば学費を負担する」と高校に勧誘に現れる軍関係者
もいる。アフガニスタン、イラクの戦場に派遣された貧困層の若者も多数いるに違い
ない。それでも日本はアメリカの後姿を追いかけるのか。
TPP交渉が始まれば、いろいろな分野で市場開放の圧力が強くなるだろう。
今こそ日本の文化、日本人の誇りを持って事にあたる時だと思う。
『欧米を一喝したことの無い日本人』(藤原正彦著『日本人の誇り』)であるがたまには
『喝』をを入れてはどうか。 

   藤沢周平著 『義民が駆ける』
               講談社文庫 
この小説は公儀が決定した三方国替え(川越藩→荘内藩→長岡藩→川越藩)に対し
て荘内藩の領民が反対を唱えて続々と江戸へ向かう様子と直訴が描かれている。
面白いのは、荘内藩出身で旗本の佐藤藤佐(さとうとうすけ)と矢部定謙の荘内藩
国替えに対抗する策の話し合いの部分である。三方国替えの推進役たる水野忠邦が
南町奉行の遠山景元(遠山の金さん)に荘内領民の直訴を裁かせるのではなく、
人選を誤り、過去意見が衝突した矢部定謙に裁かせたことである。
水野忠邦の面前での矢部の判決内容の読み上げに思わず私は『よし』頷き拍手喝采
をした。領民の行動と矢部の裁定が元で国替えは中止になった。
1840年に起こった事件であるが明治維新の28年前の出来事である。
幕府瓦解が近づきつつある事を予感せざるを得ない。
因みに、幕末活躍した医者の松本良順(司馬遼太郎著『胡蝶の夢』)は佐藤藤佐の
孫にあたり、蘭方医として佐倉順天堂(順天堂大学)を創始したのは籐佐の子の
佐藤泰然である。歴史小説を読み重ねることは自分にとって新たな歴史上の人物の
発見につながることを実感した本でもある。 
勝川俊雄著 『日本の魚は大丈夫か』
             NHK出版新書 
たった一人の末端の研究者が漁業改革に取り組むようになったその熱い思いが感じ
られる一冊。日本漁業の歴史、仕組みなどが解りやすく解説されている。
知識ゼロに等しい私にはそれこそ目から鱗の本である。
『日本の漁港は未成魚の見本市』と著者は言う。
魚の早取り競争、早い者勝ちのオリンピック方式がなされているので未成魚が多く
水揚げされる。が成魚の10分の1の価格でしか取引してもらえない。
故に早取りしたからといって漁業全体の利益は増えない。
解決策は乱獲をやめ漁獲量を個別に配分すること。そのやり方を取っているノルウェー
は価格も安定し漁業者の利益も十分確保されている。併せて、「それ以下の価格では
鮮魚は売れない」という最低価格制度があるため、その基準以上の値段が付く魚だけを
取らなければならない。漁業改革は漁業協同組合自体の改革でもある。
日本の魚の値段が上がらず獲っても獲っても漁業者の生活が良くならないのは組合の
『他人の財布』感覚と販売戦略のなさに原因が有ると、一刀両断する。
国が補助金を付けてやるのは産業(漁業を含む)の育成につながらない。反って自助
努力を失わせると感じた。著者には三陸沿岸の漁業に力を尽くしてもらいし、一歩も
二歩も復旧、復興を進めほしい。勝川俊雄氏の活躍を強く期待したい。 
百田尚樹著 『永遠のゼロ』
               講談社文庫 
『永遠のゼロ』のゼロは零戦の事である。本屋でふと目に入った評判の小説との宣伝
文句に手に取ると俳優の児玉清さんの熱のこもった解説に思わず心の中で
「よしこの本に決めた!」と叫びました。しかし読み始めて間もなく主人公宮部久蔵は
『臆病者』だったとの戦友の言葉に私も意外な展開と大いに落胆するが、姉と弟の孫
二人が何人かの戦友を訪ね歩くうちに祖父久蔵の人物像は逆転する。
優秀な零戦パイロット、年下にも丁寧な対応をする謙虚な人。『生きて妻と娘のもとへ
帰りたい』とおよそ特攻のパイロットに似つかない言葉を吐いていた。
『絶対に死んではいけない』と部下に教えるその姿に私はなぜか『卑怯者』『臆病者』と
呼ぶ気持ちは全然起こらなかった。それは、久蔵が終戦日の数日前に特攻で死には
したが、感謝の念をこめて戦友が『彼の教えのおかげで私は死なずにすみました』と
いう場面を読んだからか。いずれにしても涙で文字が読めず大変苦労した。
このような本にめったに巡り会える物ではないと思う。
零戦が太平洋戦争で果たした役割、広い太平洋で戦況がどのようにして変わって行った
のかが詳しく書いてあるのも読み応えがある。もう一度読み返したい1冊である。 

                         

 

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